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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1648号 判決

控訴人 株式会社東京相互銀行

右訴訟代理人弁護士 木村浜雄

同 小柳晃

右木村訴訟復代理人弁護士 塩味滋子

被控訴人 伊藤勘三

右訴訟代理人弁護士 手塚義雄

主文

原判決中控訴人の敗訴の部分を取り消す。

訴外株式会社青柳製版所と控訴人との間の委託契約に基づく被控訴人の控訴人に対する金員支払の請求を棄却する。

控訴人は被控訴人に対し金二五万円およびこれに対する昭和四三年三月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第一審の訴訟費用はこれを六分してその五を控訴人、その余を被控訴人の各負担とし、控訴審の訴訟費用は控訴人の負担とする。

この判決は被控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、なお「被控訴人が当審で追加した新請求について請求棄却の判決を求める。」と述べ、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、左記のほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(被控訴人の陳述)

一、委託契約に関する主張(請求原因2原判決三枚目表五行目始めから同裏三行目終りまでの記載)を左のとおり改める。「2.昭和三三年二月二六日青柳製版所は、被告銀行神田支店から金二〇〇万円の貸出しを受け、即日右金二〇〇万円のうち金一九五万円を被告銀行本店に対し、青柳製版所の原告に対する右土地残代金一九五万円の支払に充てることを委託して交付した。そこで原告は、その頃被告に対して、原告のためにする右委託契約の利益を享受する旨意思表示するとともに、右金一九五万円のうち金一七〇万円につき、これを原告の被告に対する同額の前記建物残代金債務の支払に充当することを認めた。」

二、原判決摘示の請求原因事実(ただし、右一、のとおり訂正されたもの)に、左の各主張事実を選択的に加える。

1.控訴人は昭和三三年二月二六日、被控訴人の無権代理人として、訴外株式会社青柳製版所(以下青柳製版所という)から、被控訴人の青柳製版所に対する土地売買代金債権の残金一九五万円を取り立てた。その直後被控訴人は、右無権代理行為を追認し、また右金一九五万円のうち金一七〇万円を被控訴人の控訴人に対する建物売買代金債務金一七〇万円の支払に充当することを認めた。よって被控訴人は控訴人に対し、民法六四六条に基づき右の差額金二五万円の引渡を求める。

2.控訴人は、義務なくして被控訴人のために右土地売買代金残金一九五万円の受領および保管という事務管理を始めたものであるから、民法七〇一条、六四六条に基づき被控訴人に対し右金一九五万円の引渡義務を有していたものであるところ、被控訴人は右金一九五万円のうち金一七〇万円につき被控訴人の控訴人に対する建物売買代金債務金一七〇万円の支払に充当することを認めたので、被控訴人は控訴人に対し右の差額金二五万円の引渡を求める。

3.青柳製版所は昭和三三年二月二六日、被控訴人に対する土地売買代金残債務の支払金一九五万円を控訴人に交付した。そこで被控訴人は、その頃、青柳製版所に対して、右全員の交付が青柳製版所の被控訴人に対する土地売買代金残債務の有効な弁済に当ることを承認し(これによって被控訴人の青柳製版所に対する右債権は消滅し、青柳製版所は免責された。)また控訴人に対して、右金一九五万円のうち金一七〇万円を被控訴人の控訴人に対する建物売買代金残債務金一七〇万円の支払に充当することを認めた。よって控訴人は、法律上の原因なくして右残金二五万円を利得し、これにより被控訴人に同額の損失を蒙らせているから、被控訴人は、不当利得の返還請求として控訴人に対し右金二五万円の支払を求める。

三、控訴人の時効消滅の主張はこれを争う。

1.青柳製版所と控訴人との間に昭和三三年二月二六日なされた被控訴人のためにする委託契約が、仮に商行為に当るとしても、被控訴人のなした受益の意思表示には商行為性はないのであるから、右受益の意思表示によって取得した被控訴人の控訴人に対する請求債権は民事債権であって、五年の消滅時効にかかるいわれはない。

2.無権代理行為の追認、事務管理、ないし不当利得に基づく被控訴人の請求債権は、民事債権であって、これに商事時効の適用はない。

3.不当利得に基づく被控訴人の請求に関し、控訴人は五年の消滅時効を主張するが、控訴人の被控訴人に対する建物売買代金残債権は一七〇万円にすぎず、その弁済確保のためには青柳製版所から金一七〇万円だけ受領すれば足りる筈であるのに、実際は金一九五万円を受領しているのであって、被控訴人が返還を求める金二五万円は控訴人の債権確保とは関係のない差額部分であるから、控訴人の右主張は失当である。

したがって右請求債権の消滅時効期間は一〇年というべきところ、本件訴の提起によって右請求権について時効の中断があったというべきである。けだし、青柳製版所と控訴人との間の委託契約に基づく被控訴人の請求と、不当利得に基づく請求とは、同一の訴訟物と見るべきものだからである。

(控訴人の陳述)

一、委託契約に関する主張に対する控訴人の答弁(請求原因に対する答弁2原判決四枚目裏六行目始めから八行目終りまでの記載)を左のとおり改める。

「2.同2のうち青柳製版所が昭和三三年二月二六日被告銀行神田支店から金二〇〇万円の貸出しを受けたこと、被告が青柳製版所の手を経て金員を受領したことはいずれも認めるが、その受領した金額は一七〇万円である。その余の事実は否認する。右金一七〇万円は、原告が被告に対して前払をなすべき前示賃料残債務の支払として被告がこれを受領したものである」

二、控訴人において昭和三三年二月二六日青柳製版所から交付を受けたのが金一七〇万円でなく被控訴人主張のように金一九五万円であったとしても、控訴人に対する被控訴人の本訴金二五万円の支払請求は、左の理由により失当というべきである。

1.青柳製版所と控訴人との間の委託契約に基づく被控訴人の請求に関して。

(一)被控訴人において青柳製版所と控訴人との間に右金員授受の原因として右同日締結されたと主張する委託契約は、当事者双方または少なくともその一方にとって商行為に当るものであるから、右契約に基づく被控訴人の請求債権は五年の消滅時効にかかる筋合である。しかるところ、被控訴人は右同日控訴人に対し右契約の利益を享受する旨の意思表示をしたというのであるから、被控訴人はその時から右契約に基づく金二五万円の引渡請求権を行使し得たわけであって、そうすると、右起算日から五年の期間の満了する昭和三八年二月二六日の経過により、右請求債権は時効消滅したというべきである。よって控訴人は、本訴において右時効の利益を援用する。

(二)右が理由がないとしても、右委託契約に基づき青柳製版所が控訴人に対し、被控訴人に対する債務を履行すべき旨を請求する権利は、右(一)記載と同じ理由で五年の消滅時効にかかるものというべきところ、受益者たる被控訴人が受益の意思表示をすることにより取得する権利は、要約者たる青柳製版所の権利の終期まで存続するにすぎないと解すべきであるから、被控訴人が受益の意思表示をすることにより取得した右金二五万円の請求債権も、青柳製版所の控訴人に対する右請求権の時効消滅に伴って消滅したというべきである。

(三)そうでないとしても、控訴人としては、青柳製版所の控訴人に対する右請求権が時効消滅したことを理由として被控訴人の請求を拒み得るというべきである(民法五三九条)。

2.無権代理行為の追認に基づく被控訴人の請求に関して。

(一)控訴人が青柳製版所から右金員を受領したことを目して被控訴人の無権代理人としての代理行為であると見るのは当らない。けだし、控訴人も青柳製版所も、右金員の授受に際し、その法律的効果を直ちに被控訴人に帰属させようとすること(換言すれば、控訴人が被控訴人の代理人としての資格でその金員を受領するものであること)を表示せず、また、そのような代理意思を持っていなかったからである。

(二)右が理由がないとしても、無権代理行為が本人により追認されると、その無権代理行為は本人との関係においては事務管理となるのであるから、この点に関する被控訴人の請求が理由がないことは、後記3.において述べるところと異ならないというべきである。

3.事務管理に基づく被控訴人の請求に関して。

(一)控訴人が青柳製版所から前示金員を受領したのは、両者間の合意に基づくものであって、「義務ナクシテ」ではない。この場合は、もちろん控訴人と被控訴人との間で事務管理が成立しない。

(二)控訴人が右金員を受領したことが被控訴人との関係において仮に事務管理になるとしても、それに基づく被控訴人の請求債権は、左の理由で時効により消滅したというべきである。

(1)控訴人のなした右事務管理は附属的商行為に当るから、これにより生じた控訴人の被控訴人に対する金員の引渡義務は五年の消滅時効にかかるものというべく、被控訴人は、控訴人が青柳製版所から(青柳製版所が被控訴人に対して負担する債務の弁済に充てられるべき)金員を受領したことをその直後(昭和三三年二月二六日頃)に知ったというのであるから、右五年の消滅時効もその時から起算されるべきである。そうすると、右起算日から五年の期間の満了する昭和三八年二月二六日の経過により被控訴人の請求債権は消滅したというべきである。

(2)右事務管理に基づく請求権の消滅時効期間が仮に一〇年であるとしても、被控訴人が右請求権を初めて行使したのは、被控訴人においてこれを記載した準備書面を昭和四九年一二月四日控訴審裁判所に提出したことによってであるから、前記時効の起算日たる昭和三三年二月二六日から一〇年の期間の満了する昭和四三年二月二六日の経過によって既に時効消滅したものであって、時効の中断を認める余地はないというべきである。

4.不当利得に基づく被控訴人の請求に関して。

(一)被控訴人の主張する損失とは、ひっきよう被控訴人が控訴人に対する金銭引渡請求権を時効で失ったことを指すものと思われるが、消滅時効の完成により失った債務額について不当利得返還請求権を生ぜしめることはないというべきであるから、被控訴人の主張は失当である。

(二)控訴人が青柳製版所から前示金員を受領したことにより被控訴人において控訴人に対する不当利得返還請求権を取得したものとしても、被控訴人の右請求債権は、左の理由で時効により消滅したというべきである。控訴人は、右時効の利益を援用する。

(1)右請求権は五年の消滅時効にかかるというべきである。けだし、控訴人から被控訴人に返還すべき「利得」は、控訴人の被控訴人に対する建物売買代金債権(それは控訴人の商行為により生じたものである)の弁済を確保するため、換言すれば控訴人の企業活動に関連して生じたものであることに鑑み、企業取引の迅速結了主義を基本理念とする商行為法の規制に服せしめるのが適当だからである。したがって、時効の起算日たる昭和三三年二月二六日から五年の期間の満了する昭和三八年二月二六日の経過により時効消滅したというべきである。

(2)右請求権の消滅時効期間が仮に一〇年であるとしても、被控訴人が右請求権を初めて行使したのは、被控訴人においてこれを記載した準備書面を昭和五〇年六月一三日控訴審裁判所に提出したことによってであるから、時効の起算日たる昭和三三年二月二六日から一〇年の期間の満了する昭和四三年二月二六日の経過によって既に時効消滅したものであって、時効の中断を認める余地はないというべきである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、〈証拠〉を総合すれば左の事実を認めることができ、乙第三号証ないし第五号証、同第七号証の一はこの認定の妨げとなるものでなく、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。すなわち、

被控訴人は昭和三二年一二月三一日その所有の土地(東京都新宿区新小川町一丁目一四番地の一、宅地一〇五坪三合七勺)を訴外株式会社青柳製版所に対し代金四〇〇万円で売り渡し、即日右代金の内金五万円の支払を受けた。その頃被控訴人は控訴人からその所有の建物(東京都千代田区富士見町一丁目一六番地二所在、家屋番号同所二一六番、木造瓦葺二階建居宅一棟、建坪七七坪八合七勺二階二五坪六合三勺、付属建物木造瓦葺平家建物置一棟、建坪二坪二合五勺)を敷地の借地権と共に代金三七〇万円で買い受けたが、右買受物件は控訴人が転売目的で競落取得していたもので、控訴銀行本店整理課が事務を担当して被控訴人に対する右転売処分を行なった。青柳製版所はかねて取引関係のある控訴銀行神田支店から融資を得て被控訴人に対する右土地買受残代金債務三九五万円の支払をする予定でおり、また被控訴人は青柳製版所から右の融資金による支払を得たうえこれをもって控訴銀行本店に対する右建物買受代金債務三七〇万円の支払にあてる予定でいたもので、被控訴人はかねて代金支払に関する右の事情を本店整理課の担当係員小林重弥に話し、その諒承を得ていた。そして青柳製版所は、控訴銀行神田支店から、まず昭和三三年一月二九日に金二〇〇万円の融資を受けられることになり、このことを被控訴人に連絡したので、被控訴人は控訴銀行本店と連絡をとり右当日本店整理課員小林重弥が被控訴人と同行して控訴銀行神田支店に赴き、同所で青柳製版所の代表者青柳武夫と落ち合ったうえ、青柳は同支店から金二〇〇万円の融資を受けてこれを被控訴人に前示土地買受残代金債務三九五万円の内金として支払い、被控訴人はその二〇〇万円を小林に前示建物買受代金債務三七〇万円の内金として支払った。

二、青柳製版所が昭和三三年二月二六日控訴銀行神田支店から金二〇〇万円の融資を受けたことは当事者間に争がない。

ところで、被控訴人は、青柳製版所が即日右金二〇〇万円のうち金一九五万円を控訴銀行本店に対し、青柳製版所の被控訴人に対する前示土地買受残代金債務一九五万円の支払に充てることを委託して交付した旨主張し、これに対して控訴人は、控訴人が被控訴人に対し有する前示建物売渡残代金債権一七〇万円の支払分として金一七〇万円の交付を受けた事実はあるが、それを超えて金一九五万円の交付を受けた事実はない旨主張する。

そこで検討するに、〈証拠〉を総合すれば、左の事実を認めることができ、当審証人小林重弥の証言(第一回)中この認定の趣旨に反する部分は前記採用の各証拠と対比して措信しがたく、乙第六号証、同第七号証の一は必ずしもこの認定の妨げとなるものでなく、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。すなわち、

青柳製版所は、右二月二六日の融資の際には、前回(一月二九日の場合)と異なり被控訴人には予め格別の連絡をしなかった。しかし代表者青柳武夫は、前回のいきさつもあって右の当時、被控訴人には控訴銀行本店に支払うべき債務があることを知っていたので、右当日控訴銀行神田支店において融資を受けた際、係員に対し、右融資金のうちから青柳製版所が被控訴人に支払うべき金一九五万円を直接本店の方へ送金して欲しい旨申し出た。そこで、同係員が本店へ電話して打合わせをした結果、控訴人としては、本店に被控訴人の預金口座がないので口座への送金はできないが、右申出にかかる金員のうち一七〇万円は本店整理課が被控訴人から前示建物売渡残代金債権の弁済としてこれを受領しうる関係にあるので、右申出に応じて本店整理課が右金一九五万円全部の交付を受けることとし、青柳製版所から右金員の交付を受けた。かくして青柳武夫は、前示係員から「右申出のとおり金一九五万円は本店の人に渡したから」との返答を得たので、安心して帰宅し右の旨を被控訴人に電話した。その電話を受けた被控訴人は、すぐに控訴銀行本店整理課の前示小林重弥に電話して確かめたところ、小林の応答は、「確かに金一九五万円を受け取った」ということであったので、更に「それなら余分の金二五万円を今すぐ取りに行くから」と被控訴人が述べたのに対し小林は「その金は後で届けるから」と答えた。このような経緯があったので、被控訴人は、その頃青柳製版所に対して、青柳製版所の控訴銀行本店に対する右金一九五万円の交付が青柳製版所の被控訴人に対する前示土地買受残代金債務の有効な弁済に当ることを承認し、その趣旨のもとに、土地売買残代金一九五万円也の青柳製版所宛領収証(甲第四号証の三)を作成して青柳製版所にこれを持参交付した。

三、叙上認定の事実によれば、青柳製版所が昭和三三年二月二六日控訴人に対し、青柳製版所の被控訴人に対する土地買受残代金債務の支払に充てることを委託して金一九五万円を交付し、同日被控訴人が控訴人に対し、被控訴人のためにする右委託契約の利益を享受する旨の意思表示をすると共に右金一九五万円のうち金一七〇万円につき、これを被控訴人の控訴人に対する建物買受残代金債務の支払に充てることを承認したものであるということができ、そうすると、被控訴人は控訴人に対し、右の残金二五万円の支払を求める権利を取得したものというべきである。

ところで、各成立に争ない乙第二〇号証、同第二三号証、原審証人青柳武夫の証言によれば、青柳製版所は自己の営業用施設として使用する目的で前示土地を被控訴人から購入したことが明らかであり、青柳製版所と控訴人との右委託契約は、青柳製版所が右購入代金を被控訴人に支払う手段としてこれをなしたのであるから、右委託契約に基づく被控訴人の控訴人に対する右残金二五万円の支払請求権については、商事消滅時効の規定の適用があると解すべく(これに反する被控訴人の主張は採用できない)、そうすると右権利は、前示昭和三三年二月二六日から五年の期間の満了する昭和三八年二月二六日の経過により時効消滅したものといわなければならない。よって、右委託契約に基づく被控訴人の請求は失当というべきである。

四、そこで次に、被控訴人が選択的に主張する、不当利得に基づく返還義務の履行として金二五万円の支払を求める被控訴人の請求について判断する。

前示第一、第二項における認定事実によれば、青柳製版所が昭和三三年二月二六日被控訴人に対する土地買受残代金債務の支払金一九五万円を控訴人に交付したこと、そこで被控訴人が、その頃青柳製版所に対し、右金員の交付が青柳製版所の被控訴人に対する土地買受残代金債務の有効な弁済に当ることを承認し、また控訴人に対して、右金一九五万円のうち金一七〇万円を被控訴人の控訴人に対する建物買受残代金債務の支払に充てることを認めた事実が明らかであって、これらの事実関係に徴すると、控訴人は法律上の原因なくして右残金二五万円を利得し、これにより被控訴人に同額の損失を蒙らせているものと認めるに妨げなく、控訴人は、不当利得の返還として被控訴人に対し、右金二五万円を支払うべき義務あるものというべきである(これに反する控訴人の主張(前示二、4.(一))は採用できない)。

ところで控訴人は、被控訴人の右不当利得返還請求権が五年の消滅時効にかかるとして右権利の時効消滅を主張する。しかし、不当利得返還請求権は、法律の規定をその直接の発生原因とするものであって、商行為によって生じた債権(商法五二二条)に当らないと解すべきであるし、被控訴人が返還を求める右金二五万円は、被控訴人の主張するように、控訴人の被控訴人に対する債権の確保には不必要な差額部分であるにすぎないから、以上いずれの点からも控訴人の右主張は採用できない。

従って、被控訴人の右不当利得に基づく金二五万円の支払請求権は一〇年の消滅時効にかかるというべきところ、控訴人は更に、被控訴人が右請求権を初めて行使したのは昭和五〇年六月一三日の準備書面の提出によってであるとして、右権利の時効消滅を主張する。しかし、被控訴人が昭和四三年二月二三日に原裁判所に提出した本件訴状の記載に徴すれば、不当利得に基づく右支払請求権も選択的な請求として被控訴人により右訴状において既に主張されているものと認めるに十分であって、してみれば、右権利の消滅時効の起算日と認められる昭和三三年二月二六日から一〇年以内に提起された本件訴によって時効の中断があったものというべく、控訴人の右主張も採用の限りでない。

よって、控訴人に対し不当利得に基づく返還請求として金二五万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四三年三月六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求は理由がある。

五、以上の次第で、青柳製版所と控訴人との間の委託契約に基づく被控訴人の請求を認容した原判決は失当として取消を免れず、右請求はこれを棄却するけれども、不当利得の返還義務の履行を求める被控訴人の請求はこれを認容すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江尻美雄一 裁判官 滝田薫 桜井敏雄)

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